第二十六話「壮士達」
白河の状況は、祐一郎が思い描いていたもの以上だった。
会津・仙台の兵卒は皆意気軒高の様相を呈しており、街には将兵が溢れている。
士気が高まっている理由には、戦における強さでは実証済みの旧幕府軍、即ち江戸脱走組部隊との合流が始まっていることも挙げられる。
情報では、薩摩の伊地知正治率いる新政府軍は最新装備なりといえども小勢と聞こえている。
仏式訓練を受けた幕府歩兵ならば十分対抗できるだろう、というのが白河防衛隊首脳部の見解だ。
…だが、当の江戸脱走組は、実際にその伊地知隊と日光で戦い、苦戦を強いられた経験がある。
決して有利に戦えるとは思っていなかった。
無論、会津の者たちも、楽観しているというわけではなかったのだが。
「賑やかな城下だったね」
白河城の二の郭にある、雪兎隊の陣で、名雪が祐一郎に話しかけた。
「そうだな、もっと緊迫した空気が流れているのかと思っていた」
「やっぱり、みんな退屈しているんだろうね」
「…退屈、なんだろうか」
戦が間近に迫っていることは理解しているだけに、それを控えた将兵が退屈している、というのは、祐一郎にはイメージし難いものがあった。
「私たちはどうするの?」
「うーん…警備…とかか?」
「暇そうだね…」
祐一郎は仮設小屋から歩き出た。
その後ろを、名雪も歩く。
小屋の外では、特にやることもなくなった隊士たちが、あちこちに座って暇をもてあましていた。
外に出てみたものの、祐一郎も特にやることはなく、何となく本丸の方角を眺めた。
白河城は、三重の櫓が実質的な本丸の役目を果たしている。
また、城郭は奥州の外様大名との戦闘に備えた作りになっていて、実戦的なものだ。
しかし、その奥州の外様大名の筆頭であった伊達家が今やこの城の守備隊の主力となっていることには、時代の流れを感じずには居られない。
「立派なお城だよね」
「ああ、そうだな」
「会津若松のお城の次にね」
名雪は嬉しそうに言う。
他の隊士たちもそう思っているのだろうか。
祐一郎は、ふと郷土への愛情を持ちかけている自分に気づいた。
昔の自分なら疑うことなく持っていたそれを、どういうわけかかつて失い、また取り戻しつつある。
(会津若松で暮らしていれば、こうなるのも普通のことか…)
祐一郎は、釈然としないながらも、そう考えた。
「おお、相沢、来たか!」
その時、聞き覚えのある声がした。
我に返って声のした方角を見ると、一の郭から士官服姿の男がこちらへ歩いてくるのが見えた。
「神尾様?」
名雪もそれに気づき、祐一郎に確かめる。
「そのようだな」
神尾らしき男との間にはまだ距離があるが、その風貌と、後ろに居る常人とは異なる雰囲気を持った男を見れば察しが付く。
やがて、神尾だとはっきりわかる距離に達した時、再び神尾が声をあげた。
「元気にしておったか?」
「はい、お蔭様で無事に生きております」
「これからは、そなたらも会津の者たちを無事に生かす立場だな、よろしく頼むぞ」
「はっ」
祐一郎は、新たな上司に対して頭を下げた。
続いて、名雪も頭を下げる。
後ろの国之崎は、何の感慨も無い様子で、一人瞑目していた。
「あの…一つ聞いてよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「我々の隊を、独立部隊のままで、特別に砲まで作っていただき、さらに神尾様の直接指揮下に置いて下さったのには、どういうわけが…」
「ふむ、そのことか」
神尾は頷いた。
同時に、瞑目していた国之崎が、目を開いて神尾の方に目をやった。
「…そなたらなら分かってはいるだろうが、この度の戦は、物量では我らが不利な戦だ。伊地知という男がこの近くへ率いてきている部隊は少数だが、その背後にいる敵の数を思えば、到底数でかなう相手ではない」
神尾は、静かで低い声で、言った。
「また、知っての通り、拙者は元々江戸の勘定方の人間だ。軍制改革した張本人とはいえ、拙者ごときには、会津の侍全ての心まで掌握することはできぬよ」
「………」
「そこでだ、殿から前線の指揮を任された身として、いざという時に独断で動かせる部隊が必要でな。御家老に頼んだのだ」
軍の組織というか、武家の組織というか、神尾もその中の人間として、苦労をしているのだ。
祐一郎は、煩わしい立場から比較的離れた己の身の幸運を少し感じた。
「神尾様も…色々大変なのですね」
「ん? 何、このくらいは大したことではあらぬよ。それより、拙者の独断で、人一倍苦労することになるであろうそなたらの方がこの先大変だぞ?」
「え…」
祐一郎と名雪が、同時に声を上げた。
しかし、考えてみれば、それも当然なことなのかもしれない。
前線司令官である神尾がまず真っ先に動かせるのは、雪兎隊なのだから。
「いや、我々も伊達に仙台へ行ったり毎日の訓練に従事していたわけではありませぬ。必ずや、神尾様のご期待に沿う活躍をしてみせましょう」
「はい、祐一郎の言っている通りです。私たちもあんな高そうな砲をいただけたのですから、その期待には必ず沿います!」
「うむ、その気合だ。不本意だが、敵は手強い。いかなる状況でも、気合だけでは敵に劣ることが無いようにするのだぞ」
「はっ!」
二人は再び頭を下げた。
「そこでな、相沢。そなたは独立部隊の指揮を執る者として、行ってもらいたいところがあるのだ」
「はい」
「この白河には、我が会津松平家のみならず、仙台伊達家や幕府陸軍の者たちも集結している。この先、長きに渡って戦場を共にする方々ゆえ、そなたも一応挨拶に行っておいた方がよいと思うのだ」
「分かりました、この後にでも向かわせていただきます」
「うむ、できるだけ早くな。だが、とりあえずはそなたらの陣を整えるがいい。寝るところと食うところが整っていなくては、戦どころではないからな」
「承知いたしました、お言葉に甘えさせていただきます」
「では、拙者はこれから伊達家の大隊長である瀬上主膳殿にお会いしてくる。そなたたちのことも話しておこう」
「有難うございます。…あ、神尾様」
「何だ?」
「幕府方の代表とは、どなたにお会いすればよろしいのでしょう?」
「ふむ、そうか」
神尾は少し考えた。
「総指揮を執っているのは陸軍の大鳥圭介殿だと聞いておるが…そなたが挨拶するなら、土方殿の方がよいかのう」
「土方?」
「うむ、副将を務めていらっしゃると聞いている。そなたも聞いたことがあるであろう、あの新撰組の土方歳三殿だ」
「新撰組の!」
祐一郎は素直に驚いた。
新撰組といえば、京都で守護職の会津松平家と常に共にあった集団で、血の雨を降らせた恐るべき剣客集団である。
その大幹部が、今では幕府軍の副将なのだ。
その事実だけでも驚くべきことだが、祐一郎にはもう一つ思うところがあった。
京都守護職の下部組織である新撰組は、ある意味祐一郎の父の同僚である。
当然、父が戦死したであろう伏見の戦闘でも共に戦っていたはずだ。
それだけでも親近感が沸く。
「噂に聞いていることだが、土方殿はこれまでの戦で素晴らしき采配を揮っていたらしい。そなたも部隊の指揮を執る者として、学ぶべきことがあるやもしれんな」
「わかりました、土方様にお会いすることにします」
「鬼の土方と呼ばれている御仁だ、くれぐれも無礼のないようにな」
「はい」
神尾はうなずくと、国之崎を連れて大手門の方へと歩いていった。
結局、国之崎は祐一郎たちに対して何も喋ることは無かった。
「国之崎さんも元気そうだね」
「あの様子じゃ、俺には元気なのか体調悪いのかもわからんぞ」
「よく見ていれば、分かるものだよ」
「…そうなのか?」
祐一郎には、名雪の言うところがピンとこなかったが、普段通りの様子というのは、元気な証なのかもしれない。
とりあえず、二人に特に変わった様子がないことに、祐一郎は安堵した。
「しかし…陣を整えるといっても…」
「とりあえず、御飯の用意をしようよ」
「…ま、小屋も建て終えてるし、次は飯が食えるようにしておかないとな」
祐一郎はそう言って、再び隊士たちの所へと歩き出した。
夕刻、歳三は、白河の町の外にある、旧幕府軍部隊の陣にいた。
本来なら全軍白河城内に陣を構えてもよいのだが、歳三が自ら偵察するときの利便を考え、敢えて城外にも陣を構えることにしたのである。
勿論、旧幕府軍の本陣は白河城内に置かれているが、歳三本人はこの庄屋の屋敷に置かれた陣に居ることの方が多かった。
歳三は、毎日暇を見ては周辺の地形を観察し、数日後に起こるであろう戦闘に備えている。
その為にも、諸藩の軍勢との相談事等を総大将の大鳥が行っていることは、歳三には幸いであった。
(おや?)
庄屋の屋敷の表門が見えてきたところで、歳三は人影を見つけた。
何をするでもなく、表門の前に立っている。
「どうしたんだね、川澄君」
「………」
舞は、何も答えずに、歳三の方へ顔を向けた。
「何か俺に用があるんじゃないのか?」
「………近くに…」
舞は、そう呟いて、北側の山の方を見た。
「近くに、どうしたんだ」
「少々…危険なのが居るみたい」
途端に、歳三の顔が険しくなった。
過去の経験から、舞のこういう勘のようなものは、歳三も信用している。
「ふむ………それは、確かか?」
「気のせいかもしれないけど………副長、隊士を数人、貸して欲しい」
「川澄君が調べに行くというのかい? しかし、もうすぐ日が暮れる。明日にしたらどうだ」
「………」
舞は、無表情に考え込む。
「それに、俺はもう新撰組の副長じゃねぇんだ。新選隊の隊士のことなら、斎藤君に言いたまえ」
歳三は笑って言った。
舞は、歳三の顔を見ると、コクリとうなずいた。
「じゃあ、斎藤君を見かけたら、俺からも言っておこう。川澄君も、今日は陣に戻りたまえ」
「…私は…もう少し、外にいる」
「そうか。じゃあ、俺は先に戻らせてもらうぜ」
歳三は、片手を挙げると、屋敷の中へ歩いていった。
一方の舞は、暫くその場に立っていたが、やがて城の方角へと歩き出した。
夕刻とはいえ、まだこの季節の空は明るい。
舞は、考え込むような仕草をしながら、田んぼのあぜ道を歩いていた。
ふと、何かが目の前を横切った気がした。
思わず、舞は顔を上げた。
それは、蝶にしては早かったように思えたし、何か別の虫だったのかもしれないが、舞はそれを視線で探そうとはしなかった。
視線は、まっすぐ山に向けられている。
「あ、舞〜」
前から歩いてくる人影が、右手を上げた。
舞は、その人影の方へ視線を移した。
他の誰でもない、佐祐理さんだ。
「川澄さんじゃないですか、どちらへ行かれるんです?」
その隣に居た別の影、野村利三郎が舞に話しかけた。
「…特に考えてない」
「夕刻の散歩ですか、今日は天気がいいですからね」
「舞は今日どこへ行っていたの? 佐祐理と野村さんは、島田さんたちと、町の方に行ってきたんだけど」
「…山の方へ」
「山? 何か面白いものでもあったの?」
「山で何か見つけたんですか?」
「………」
佐祐理さんと野村の問いに、舞は少し考え、こう言った。
「…見つけた」
「なになに?」
佐祐理さんが、興味深げに目を輝かせる。
舞は冷静な声で続けた。
「…二人に、話がある」
「参ったな、すっかり遅くなっちまった」
伊達家の陣から歩き出ながら祐一郎は呟いた。
瀬上主膳への挨拶は速やかに済んだが、既に陽は大きく傾いている。
砲や兵糧米を置いておく仮設小屋を建て終え、少々暇を持て余していた祐一郎たちであったが、兵糧米の割り当てには、予想外に手間取った。
思えば、会津藩の軍隊の組織はついこの前変更されたばかりであり、兵站を担当する者たちにとっては作業が順調にいかないのも無理からぬことである。
「まあ、今からならまだ大丈夫だろう」
まだ辛うじて太陽は地平線の上にしがみついている。
これから会いに行く土方歳三が陣を構えているという場所は、この城から遠いが、挨拶程度なら問題ないだろう。
「今から土方様のところに行くの?」
歩きながら、共に瀬上主膳への挨拶に来ていた名雪が聞いた。
「ああ、今日中に済ませておきたいからな」
「私も行った方がいいかな」
「いや、もう日も暮れるし、名雪は先に陣に戻っていてくれ」
「でも、一人で大丈夫? 夜道は危ないよ」
「なに、これだけ兵士が充満しているんだ、滅多なことは起きないさ。それに、一人の方が逃げるのに楽だしな」
「うん、そうだね」
本丸のある一の郭から出ると、広い二の郭に入る。
既に各陣は作業を終え、休息に入っているようだ。
「俺は帰りが遅くなるだろうから、北川たちにもそう伝えておいてくれ」
「うん、わかったよ」
手を振って陣へ戻る名雪と別れる。
この暗さでは、少し離れればもう名雪の顔を判別するのは難しい。
祐一郎はすぐに城外へと向かう道を進んだ。
歩きながらも、日が着々と沈んでいるのがわかる。自然と早足になった。
(馬連れてくればよかったかな…)
祐一郎には、一応部隊長としての馬がある。
しかし、祐一郎はあまり馬を操るのが得意ではなかったし、名雪たちが徒歩で移動しているのに自分が馬に乗るのも何やら気が引けた。
行軍時に荷物運びに使っているのが実際のところである。
だが、今回ばかりは使った方がよかったような気もしてくる。
道具を肝心なときに役立てられないというのは、実に悔しい気持ちがするものだ。
…そうこうしているうちに、城外へ出た。
城下を抜けた少し先に土方歳三の陣はあるらしい。
祐一郎は黙々と歩くことにした。
だがしかし、このまま黙々と陣まで歩くには、城から付いてくる後ろの気配が気になりすぎた。
周囲に人通りが少なくなった頃を見計らい、祐一郎は振り返った。
「おい、いつまで付いてくるつもりだ」
気配は答えない。
だが、祐一郎は語気を強めて続けた。
「隠れ続けても、正体はバレているんだ、後で陣に帰ったときにきっちり詰問させてもらうぞ」
この警告は効果があった。
恐る恐る建物の影から出てきたのは、予想通り真琴である。
「おまえなぁ、こう何度も同じことをされると、もう慣れちまうんだよ。もう何度俺を狙っても無駄だから、さっさと陣へ帰れ、日が暮れるぞ」
「違うわよう、今日はそんなことで付いてきたんじゃ…」
「じゃあ、何なんだよ」
「この子がね、祐一郎に付いて行けって…」
真琴は、頭に載せた猫を指差す。
祐一郎は、深くため息をついた。
「お前は言い訳も成長しないなぁ…」
「言い訳じゃないわよう、本当にこの子がそう言ってたんだから!」
「猫が喋るわけないだろうが、言い訳というのは、いかに真実味を出しつつ同情を買えるかが鍵なんだ。少しは勉強しろ」
「別に喋ったわけじゃなくて…その、そう言っている気がしたのよ…」
真琴が言葉尻を濁しながら答える。
祐一郎は、再びため息をついて頭を掻いた。
「ここまで嘘が下手な悪党ってのもなぁ…」
「悪党じゃないわよっ! それに、嘘も言ってないのっ!」
「はいはい、それじゃあ、何でまたその猫は俺に付いて行け、なんて言ったんだ? まさか、理由もなく猫がそう言って、それに従ったわけじゃないよな?」
「それは…祐一郎が危ないからって…」
「危ない…」
こんな小娘と猫に身を案じられるようでは、情けない身の上だな、と祐一郎は思った。
しかし、このまま真琴と押し問答している時間はなかった。
こうしている間に、日は完全に沈んでしまった。提灯も持たずに付いてきた真琴を帰らせるわけにはいかないだろう。
「…しゃあない、俺はこれから土方歳三様に挨拶に行くが、お前はおとなしくしていろよ」
「うん、わかった」
途端に嬉々とした表情に戻る真琴。
祐一郎はため息をつきながら、再び歩き出した。
城下町の光景は途切れ、畦道が続く光景に変わる。
遠くに見える明かりが、恐らく目的の陣地だろう。
虫の声だけが聞こえる中を、祐一郎と真琴は歩いた。
「で、どうだ、その猫は」
「この子がどうかしたの?」
「白河に来て、怯えているとか、緊張しているということはないか」
「ううん、いつも通りよ」
「そうか…」
やはり、並みの猫ではなかったようだ。
戦地でも手がかからないようで、祐一郎は安心した。
「あと、向こうについたら、猫を頭から下ろしておけよ、当たり前だが」
「うん、わかった………あっ!」
突然、真琴が声を上げた。
「どうした?」
「…あの子が降りちゃった」
「馬鹿、まだ下ろさなくていいんだよ」
「分かってるわよう、勝手にあの子が降りたんだから」
「ちっ、こう暗くちゃ、見つけるのが大変だぞ」
祐一郎は、周囲を提灯で照らしてみる。
だが、猫らしい姿は見当たらない。
「…どうしよう」
「…うーん、あいつなら自分から戻ってきそうな気もするし、先に土方様への挨拶を済ませてから探すか…」
「うん…」
と、そのとき、
「これは、お久しぶりですな」
祐一郎の左から男の声がした。
咄嗟に振り返る。
しかし、祐一郎はその声に聞き覚えはなかった。
「え…どちら様で?」
祐一郎が尋ねる。
「祐一郎!」
背後から、真琴の声がした。
同時に、後ろから何かが祐一郎に飛びつく。
直後、前のめりになった祐一郎の頭の後ろを何かが風を切る音がした。
そのまま、倒れこむ。
「な、何だ!?」
前にもこんなことがあったような気がする。
祐一郎は仰向けに体勢を直すと、即座に立ち上がった。
「ちっ、仕留め損なったか…」
さっき声をかけてきた男の声が、背後から聞こえた。
「気をつけて、祐一郎!」
先ほど祐一郎に飛びついた真琴は、足元にいた。
その側に、さっきまで手にしていた提灯が落ちて燃えている。
祐一郎の目には、抜刀した人影が一名。
さっき頭の後ろで聞こえたものは、この人影の刀によるものだったのだろう。
そして、背後には声をかけてきた男一名。
祐一郎も、迷うことなく抜刀した。
「こ、こいつらが誰だか知らないが、状況は非常にまずいぞ…」
いつの間にやら挟み撃ちにされている。
しかもここは田んぼのあぜ道で、左右は移動の利かない水田だ。
恐らく、こいつらは水田より高くなった畦道の陰に潜んでいたのだろう。
「一太刀で仕留めろと言ったはずだが…」
さらにまずいことに、畦道の脇の方から、さらに別の声がした。
これは三方から囲まれていることになり、非常に不利だ。
いや、それ以前に、剣の心得が祐一郎には大してないのだ。
「申し訳ありません、すぐに片付けます」
背後の男が返答をした。
それとほぼ同時、祐一郎の背後から殺気が迫った。
咄嗟に、祐一郎は身体を回転させ、刀を振り上げる。
その刀身に、男の刀が振り下ろされた。
鈍い衝撃が祐一郎の腕に伝わる。
辛うじて支えた祐一郎は、そのまま身体ごと男を押した。
「むっ!」
飛び下がる男。
しかし、背後から振り下ろされようとしている刀に、不覚にも祐一郎は気づくのが遅れた。
(しまった…!)
振り返る祐一郎の目に、恐怖が映った。
思わず目をつぶった祐一郎の耳に、再び鈍い音が聞こえた。
身体に痛みはない。
恐る恐る目を開けた祐一郎の目に飛び込んできたのは…
「くっ、なんだ貴様!」
祐一郎に向かって振り下ろされたはずの刀は、中空で止められていた。
笠を被った男の手につけられた、巨大な爪によって。
「お前は…」
笠によって顔は見えない。
だが、その爪は、紛れもなく悪猫軒広助のものだ。
「…真琴殿を連れ、お逃げを」
笠の下から、声がした。
思えば、祐一郎が広助の声を聞いたのはこれが初めてだったかもしれない。
だが、そんなことを考える間はなかった。
祐一郎は、地に座り込んだままの真琴の手を引いて立ち上がらせる。
その瞬間、広助の爪が男の刀を押し戻した。
「ぬぅ!」
思わず後ろにたじろく男。
しかし、広助もそれ以上踏み込めない。
三人目の男が、抜刀してすさまじい威圧を無言で仕掛けてきているのである。
広助が追い討ちをかければ、同時にこの男の刀が広助の身体を両断しようとするだろう。
正面の男に二太刀を要せば、この男の刀をかわすことは難しい。
この男がずば抜けて手錬れであることは、祐一郎にもわかる。
ここから逃げるのは容易なことではないように思われた。
「その風貌…もしや…」
三人目の男が呟いた。
背中合わせにそれぞれの正面の男と対峙している祐一郎と広助の耳にも、それは聞こえたであろう。
「あの時の笠男か…よもやこうも早く現れるとはな、流石に予想せなんだわ」
広助は何も答えない。
反応も見せない。
(あの時…? いつのことだ? いや、そもそも誰なんだ、こいつは?)
祐一郎は気になったが、正面の男はそうも考える時間を与えてくれそうにない。
場慣れしている雰囲気からして、おそらくこの男もそれなりに腕は立つだろう。
ならば、こちらが未熟であることを悟られぬよう、隙を可能な限り隠さねばならない。
「ここで一匹、片付けてくれる…!」
三人目の男はそう言うや否や、広助に打ちかかった。
同時に、広助は身を翻す。
次の瞬間、地面を一転した広助は、男の右斜め前から刀を左手の爪で押さえつけていた。
「流石…」
男が呟くのが聞こえたが、その声には余裕があった。
「ふんっ!」
先ほどまで広助の正面にいた男が、ここぞとばかりに突きを入れる。
広助は、右手の爪でそれを払う。
だが、広助の意識がそこで逸れたのを、男は見逃さなかった。
押さえつけられていた刀が、突如地に落ちる。
広助にも、これは予想外だった。
「覚悟!」
男は、刀から手を離すと、すかさず小刀を引き抜き、抜き打ちざまに広助に浴びせる。
「…くっ!」
たまらず、地を転がりつつ両手の爪で小刀を受ける広助。
しかし、それはもう一人の男への隙を作る動きとなった。
再び、今度は地に転がる広助に向かい、突きを入れる。
「待て!」
だが、その突きは前進を許されなかった。
祐一郎の刀が旋回して、その男の動きを止めたのである。
だが…
「…祐一郎!」
真琴の声が聞こえた。
背後から殺気が迫る。
男の突きを止めれば、自分の背後に隙を作ることは分かっていた。
しかし、広助の危機を見過ごすことはできなかったし、例えそうしたとしても祐一郎の身が安全になることはなかった。
それならば、せめて回天の契機を残すことが…
背後から迫る殺気に顔だけ振り返った祐一郎の目に、小刀を抜いて応戦しようとする真琴の姿が映った。
(やめろ! 真琴!)
祐一郎の頭の中を、そう言葉が駆け巡った。
しかし、声にする時間はない。
同じ視界に、背後の男が、真琴の応戦に気づき、突きの方向を真琴に向けようとしているのが見えた。
祐一郎には、真琴がどんな顔で戦おうとしているのかは見えない。
だが、祐一郎は、身体を捻り、真琴に迫るその刀を止めなくてはならない。
例え、それが無理なものだとしても…
そのとき、一陣の風が吹いた。
正確には、風ではなかった。
音もなく、それは祐一郎の目の前を吹きぬけた。
まさしく、吹き抜けたと形容すべきであった。
鮮血が飛び散る。
男が、よろめいた。
その男の刀は、真琴の脇を通り抜けていく。
「ぶぐぅ…」
気管に血が入った男の断末魔を残し、その死骸は畦を滑り落ちていく。
小刀を握った真琴は、構えた姿勢のまま、呆然と立ち尽くしていた。
祐一郎も、ただ体勢を立て直すことに、精一杯であった。
「何奴!」
広助を押さえつけた姿勢のまま、男が声を上げた。
しかし、今度はその隙を広助が見逃さなかった。
倒れた姿勢のまま男に脚払いをかけ、そのまま横に転じながら飛び起きる。
「ちっ…」
転倒は回避するが、二、三歩、男はよろめきつつあとずさる。
もう一人の男も、思わぬ事態を見て、あとずさる。
二人の男に向かって身構える祐一郎と広助の後ろで、先ほどの風が、燃える提灯の炎でその姿を現した。
「………女だと?」
男が呟く。
その内容は、祐一郎にも予想外なものであった。
だが、それを確かめる余裕はない。
同時に、畦道の向こうから提灯を持った人影が向かってくるのが男の目に映った。
「何事ですか!」
若い男の声がした。
「…まずいな、退くぞ」
男がそう言うと同時に、二人の男は一瞬の内に田んぼの暗闇へ身を消す。
無言でそれを広助が追う。
祐一郎もそうしようかと思ったが、灯りがないことと、背後にいる命の恩人のことが気になったことで、その場に留まった。
「どうしたんですか、一体!」
先ほどの若い男の声が、一層近くで聞こえた。
祐一郎も、広助の姿がもう見えないのを悟ると、納刀して振り返った。
提灯を持った男と、その後ろの女性、そして別の、恩人であろう女性が立っているのが見えた。
「いきなり一人で駆け出すから、びっくりしたんだよ、舞」
「………ごめん」
「って、川澄さん! その刀どうしたんですか!」
「賊を…斬った」
そう言って、反対側の畦の下を指差す。
二人は、提灯をかざして、その指の指し示す方を見た。
「はぇ〜…ほんとにいたんだ…」
「何者なんですか? 斬ってまずいことにならない奴ならいいんですが…」
「大丈夫…賊だから…」
「ちょ、ちょっといいでしょうか」
斬り合いの後で、死骸を目の前にしながらも、平静に三人で会話を進める一団に、祐一郎が割って入った。
「あの…助けていただきまして、ありがとうございます。それで、あなた方は…」
「舞、この人を助けたの?」
「………(コクリ)」
「我々は、向こうに陣を構えている新撰隊の者です。拙者は野村利三郎と申します」
野村は、礼儀正しく頭を下げた。
「同じく新撰隊の、倉田佐祐理と言います」
佐祐理さんも、笑みをたたえて挨拶する。
「………」
が、当の恩人は、無言で立っている。
「…?」
祐一郎は、怪訝そうにその顔を見た。
何を考えているのかわからないその目は、自分が斬り捨てた男の遺骸を見つめている。
「ええっと…名前は…」
「…川澄舞」
そう言って、視線を祐一郎に向けた。
「川澄舞、か。拙者は相沢祐一郎、会津松平家家中の者です」
「会津の御家中でしたか。後ろの方は………えと、失礼ながら、御女中の方でいらっしゃいますか?」
野村に聞かれ、祐一郎は後ろに居る真琴の存在を思い出した。
「ああ、こいつは………居候、かな」
「居候、ですか?」
「ええ、一応、沢渡真琴なんて、偉そうな名前を名乗ってますけど、特に気にしなくて大丈夫です」
「何よう、その言い方」
今まで押し黙っていた真琴が、口を開いた。
一方、その真琴を、舞はじっと見つめていた。
「我々は、川澄さんに言われてこの辺りを見回っていたんですが、まさか本当に賊が現れるとは、驚きです」
「ということは、今日みたいな賊が現れたのは、今回が初めてなんですか?」
「ええ、そうですね」
運がいいのか悪いのか、祐一郎は伊達家との戦闘のときのことも思い出し、襲撃に遭いやすいわが身を呪った。
「舞は本当に勘が鋭いんですよ。佐祐理の記憶では、舞の勘が外れたことなんて、あったかどうかわからないくらいです」
「へぇ、それはすごい。今も、それに助けられたわけですか」
「………」
が、感心された本人は、何の反応も見せない。まだ真琴の顔を見つめている。
祐一郎も、何となく後に続け辛かった。
「えっと…新撰隊の方とおっしゃいましたよね? 実は土方歳三様に用があって、こんな刻限にここを歩いていたのですが…」
「ふぇ? 副長に御用があるんですか?」
「ええ、今日こちらに着陣したもので、土方様にご挨拶しておこうと思いまして」
「でしたら、佐祐理たちが案内しますよーっ」
「そうしていただけると、助かります。…ほら、真琴も助けてもらった礼を言え」
祐一郎に促され、おずおずと真琴が前に数歩進んだ。
「あ、ありがとう…ございます…」
「馬鹿、もっとはっきり言わないと、聞こえないだろうが」
「あははーっ。お礼でしたら、舞だけに言って下されば十分ですよーっ」
「はは…倉田殿にそう言われると、助かります」
内心、祐一郎はこの三人に感心し、同時に期待を高めていた。
この新撰隊に属している三人は、人を斬っても全く動じる様子がなく、それどころかこの余裕ある物腰である。
京都とはそれほどまでに人斬りが日常茶飯事だったのか、という考えも沸くが、むしろ祐一郎には、そんな集団を束ねる土方歳三という人物への期待が高まっていた。
が、同時に、前に出た真琴の頭を見て、一つ思い出した。
「あ…忘れてた」
「どうなさったんですか?」
「いや…こいつが連れていた猫を…」
と、祐一郎が言いかけたとき、後ろでしゃがれた鳴き声がした。
「ん?」
祐一郎が振り返ると、そこに当の猫がいた。
「こいつは…」
そう言いながら、捕まえようとする。
が、猫は祐一郎の手をするりと抜け、真琴の頭の上へ飛び乗った。
「あ…戻ってきた」
真琴が嬉しそうに頭の猫を撫でた。。
「こいつ、襲撃を察知して逃げていたんじゃあるまいな…」
「頭がいい子だもんね」
「お前も、頭がいい、で片付けるな。そうだとしたら、こいつは飼い主のお前を見捨てて逃げようとしたんだぞ」
「祐一郎は勘ぐり過ぎ。大体、人だって動物を捨てるじゃない。動物が見捨てたって、それは動物の勝手よ」
「…お前も妙に物分りがいい口を利くんだな」
「あはは、とりあえず問題は解決したみたいですねーっ」
「どうもお騒がせしました。それでは早速ですが…」
「はい、ご案内しますね」
提灯を持った野村が先頭に立ち、一行は歩き出した。
その間も、舞は真琴を何度か見つめていた。
その庄屋の屋敷は、夜の暗闇の中で、篝火によって煌々と輝いていた。
周囲は穏やかな田園であることを思えば、それはとても異質な存在に思えた。
祐一郎たちは、新撰隊隊士によって固められた門を通り、玄関に入る。
途端に、隊士たちの騒がしい声が、どっと耳に入ってきた。
「私が副長にお伝えして参ります。倉田さん、後はよろしくお願いします」
「はい、わかりました」
野村が土方の所へ向かうと、佐祐理さんは祐一郎たちを無人の一室に招きいれた。
「土方様は今何をなさっているのでしょうか?」
「多分、戦のときの策を考えているんだと思います。毎日、周りの偵察に行かれてますから」
「ほう…」
流石に、噂に違わない人物だと、祐一郎は思った。
二千の軍隊の副将が、自ら偵察を毎日行っているというからには、並の人物ではあるまい。
「倉田さんたちは、土方様と京都からずっと一緒に?」
「はい、佐祐理も舞も、さっきの野村さんも、京都に居たときから一緒に活動しています」
「じゃあ、隊の他の方々も、同じように?」
「いえ、京都からずっと一緒に来ている人は、もう、あまり残ってないんですよ。殆どの方は、江戸に来てから募った人たちです」
「そうだったのですか…それは失礼」
「あはは、何も失礼なことはないですよ」
会津藩士である祐一郎にとって、新撰組は無敵の剣客集団というような感覚で想像をしていた。
その新撰組にも、今では京都時代の面影はない。
その過程の仔細を祐一郎が知る由も無いが、祐一郎にとって、それは決して喜ばしい姿ではないように思えた。
「………」
舞が無言で襖を見た。
その直後に襖が開き、二人の男が姿を現した。
「お待たせいたした」
端正な顔つきをした、フランス陸軍士官服の男が祐一郎の正面に座った。
もう一人の、平服姿の武士は、軽く会釈をして、その隣に座った。
「会津松平家家中、雪兎隊隊長、相沢祐一郎と申します」
祐一郎は深々と頭を下げて名乗った。
「幕軍副将格の、土方歳三です」
「新撰隊隊長、斉藤一と申します」
正面の男たちも、続いて名乗った。
「賊に襲われたそうだが、怪我はしなかったかね?」
「はい、川澄さんと倉田さんのお陰で、何とか助かりました」
「そうか、それはよかった」
歳三が顔をほころばせて言った。
「賊の遺骸は、隊士の者に運ばせております。すぐに身元を確かめる所存」
斉藤が付け加えた。
「よろしくお願いいたします」
「雪兎隊と言われたか、それは会津中将様の近衛部隊か何かなのか?」
「いえ、元々は当家の藩校である日新館の子弟を集めた予備隊です。経緯から、仙台で洋式訓練を受けたこともあり、この度正規部隊として白河に召集された次第です」
「ふむ、藩校の子弟の部隊か…」
歳三は顎に手を当て、正面の若侍の顔を見る。
そして、その後ろに座っている、真琴の顔へと視線を移した。
「そちらの娘御も、雪兎隊の隊士なのか?」
「あ…こちらは、その、一応隊士ではありますが、日新館の子弟ではなく、勝手に拙者の元へ転がり込んできた居候みたいな奴でして…」
「居候、ね。しかし、隊士ではあるわけだな?」
「ええ、はい」
「会津は…かように幼い子供までも駆り出さねばならないほどに困窮している、というわけではないのだな?」
「い、いえ! 決してそのような…」
「失礼ね! 真琴だってもう十分大人なんだから!」
「お前は話をややこしくするだけだから、黙っていろ」
「またぁ、いつもそうやって…」
「とにかく、土方様、こいつは例外中の例外でして、会津若松にはまだ意気盛んの会津武士が大勢おります。容易には薩長に屈しませぬ」
「そうか、それならいい」
軽い笑みを浮かべながら、歳三は頷いた。
祐一郎は、やはりおとなしくはしてくれないな、と内心ため息をついた。
「会津兵は、相沢殿の言うとおり、真に勇敢だ。俺たちは伏見で共に戦ったから、よく分かっている。それを当てにして、こちらへ来たというのもあるからな」
「佐祐理もよく覚えてますよ。佐祐理が軽い怪我で助かったのも、会津の人たちが助けてくれたお陰ですから」
「…あの、一つお尋ねしてよろしいでしょうか」
「ん、なんだね?」
「土方様は、相沢帆平、水瀬忠兵衛という者をご存知でしょうか?」
「ふむ…相沢帆平というのは、相沢殿の御一門か?」
「はい、拙者の父です。両名とも、伏見の戦で行方不明になりました。水瀬忠兵衛殿は、私の叔父に当たります」
「そうか…その帆平殿か定かではないが、確か、会津の大砲方に、相沢と呼ばれていた御仁が居た」
「恐らくその方で間違いありません。父も拙者も、大砲方でしたゆえ。…もしよろしければ、父の最期について、何かご存知ではありませぬか」
「俺が最後に相沢殿、というより、会津の大砲方を見たのは、伏見奉行所の中だった。そこから薩摩の大砲陣地に向かって砲撃をしていたのを覚えている。だが、俺たちは戦が始まってすぐに奉行所を出たから、どのような最期を遂げられたかまでは、わからねぇ」
「そうですか…」
「だが、夜になって、伏見奉行所が砲撃で炎上した。これははっきり覚えている。恐らく薩摩の砲撃によるものだったはずだ」
「…では、父は薩摩の砲撃によって討ち死にしたのですね」
「多分、な。水瀬忠兵衛殿については、俺もわからねぇ。水瀬殿も大砲方だったのかい?」
「いいえ、弓組頭です」
「そうか…それなら俺にはわからねぇな………そうだ、佐川殿には尋ねたかね?」
「佐川? 佐川官兵衛様ですか?」
「そうだ。あの時、会津軍の指揮を執っていたのは、佐川官兵衛殿だ。佐川殿に尋ねれば、何か分かるかもしれんぞ」
確かに、佐川官兵衛なら何か知っている可能性はある。
だが、佐川官兵衛とは、祐一郎には全く面識がなかったし、それに佐川は白河ではなく越後方面に居るらしい。
確かめるのは、当面無理のようだった。
「わかりました、突然お尋ねして、申し訳ありませぬ」
「何の、気にするな。それと、俺には両名の最期を見届けることはできなかったか、一つ確かなことが言える」
「?」
「伏見で共に戦った会津の武士は、一人残らず壮士であった、ということよ」
「倉田君」
「はい?」
祐一郎が帰った後、歳三は佐祐理さんに声をかけた。
「あの若侍をどう思う?」
「祐一郎さんのことですか?」
「ああ」
「そうですねぇ…誠実そう、でした」
「ふむ、そうだな。会津武士らしい会津武士だった」
「あの侍は………」
舞が、口を開いた。
「…特別」
「特別? 何がだ?」
「…なんとなく」
「あはは、舞がそう言うなら、本当に何か特別なのかもしれませんよ」
「俺にはよくわからねぇな。殺気を年中帯びているような奴なら、俺にもわかるんだろうけどな」
「本人は…普通の侍だけど…」
「そいつは、どういう事だ?」
「…私にも、よくわからない」
「なんだそりゃ」
その時、今まで黙っていた斉藤が、口を開いた。
「要は、戦場を共にする相手として、問題はないんだな?」
舞は、頷いた。
「なら、話は簡単だな」
歳三が膝を叩いて言った。
「壮士の子息と共に、薩長を破ればいいだけのことよ」
一同、頷いた。